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「知って、信じる」のではなく「信じて、知る」。
今日は教会で結婚式があったのだけど、それに際して牧師さんがこんなニュアンスのことを話してた。
結婚は相手のことを全て知って納得したからするのではない。相手を信じることができるのであればもう結婚できるんだ。そして結婚してから相手のことを知っていくんだ。
「確かに」と思った。まだ結婚の経験はないけど、分かる気がする。
今の会社は二つ目なんだけど、会社のことを全て知って全て納得したから今の会社に決めたんじゃない。全ては知らないけれども、その会社を自分は信じれると思ったから転職を決めることができたんだと思う。僕が信じたのは会社というよりも限りなく「人」に寄っているのだけれど。
もちろん信仰生活もそう。聖書のことを全て知って納得したから信じたんじゃない。多分そんなこと不可能。ある段階で聖書の言を信じることができて、そこで洗礼を受けて、そしてそこから「知る」ということの歩みを進めているんだと思う。
「信じて、知る」
そんなことを思い返した日曜日でした。
今日は朝の礼拝からCS教師会、その後の交じわりがすごくよかった。なんか久しぶりにふっきれた感がある。礼拝は学生会が担当したのだけど、学生メンバの証と特別賛美は特に心に染みるものでした。なんか鳥肌が立つくらいに。自分の心の中を探られた気がします。
証の中でいくつかみことばが引用されていたけど、その中でも今日特に突き刺さったのは次の箇所
あぁ。もう本当に中途半端になっていた自分の信仰を「悔い改めなければ」いけないと思った。生温い信仰、当たり障りのない信仰になっていて、それを容認してしまっていたことに心から反省した。黙示録 3 章 15 節 (新改訳) わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。
その後に学生会のメンバが特別賛美(賛美バンド)をしたのだけどこれもまたよかった。賛美曲は「君は愛されるため生まれた」という曲で、韓国で非常に有名な曲です。うちの教会でも最近はよく歌われるようになりました。良い曲です。なんというか洗われるような想いで聞いていました。
今日は午後もCS教師会等があって大変といえば大変だったんだけど、良い交じわりをもつこともできたし、反省すべきことも見えたし、充実した日曜日でした。
あけましておめでとうございます。
なんかもうクリスマスっていう感じじゃないんですけど。日本て不思議な国ですよね。クリスマスシーズンは「クリスマス!」っていう雰囲気ガンガンですけど、26日になるとそんな雰囲気が一切なくなるというか。クリスマスツリーはなくなって次は門松ですよw
クリスマスシーズンに外(国)から来た人はこう思うらしいです。
日本ってキリスト教な国なんだ
なるほど。外から見ると日本はそう映るのかw でもそうなったら嬉しいなぁ。教会はそのためにもちろん動いてます。子供から大人まで。
そのクリスマス行事の中でも特に感動?的なものはキャロリング。ゲリラ的にですが、地域の団地を賛美(まきびと羊ときよしこの夜)して回ります。毎年恒例です。下は保育園から上は70を越す大人まで「地域に賛美を届ける」という1つの目的をもってするものなので、恒例の行事ですがなにかジーンとくるものがあります。
そんな教会行事に触れて、「教会に行ってみようかな」なんておもう人が一人でも起こされたら嬉しいなぁ。
新年になっての初エントリがクリスマスネタっていうのも変な感じですが、気にせず。
